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介護を考える02.ジェンダー

男性介護職の可能性
山根純佳(実践女子大学人間社会学部准教授)

 2000年の介護保険開始直後から、それまで女性の職場であったホームヘルプ労働に参入した男性たちの話を聞いてきました。なかには病院での看護よりも介護に魅力を感じてヘルパーになった男性、親や友人の介助の経験からヘルパーになった男性もいました。ヘルパーのほとんどが女性の世界で、彼らは苦手な料理にも挑戦し、プロ意識をもってホームヘルパーの仕事に挑んでいました。賃金が低いことや男性ヘルパーの仕事の少なさから辞めていく人もいましたが、今でも理想を追求してホームヘルパーの仕事を続けている方もいます。介護は決して「女性に適した仕事」「男性に適さない仕事」ではないのです。ではなぜ「介護=女性の仕事」と考えられてきたのでしょうか。介護とジェンダー(男らしさ、女らしさ)の関係からこの問題に迫ってみましょう。

男は介護に向いていない?

 今でこそ男性が介護職に参入しつつあるけれど、伝統的に介護は女性の仕事であった、と考えている人が多いと思います。しかし、近世には男性も家族の介護をしていたという記録があり、家を離れて仕事をする武士には「看病断(かんびょうことわり)」という現代の介護休業のような制度がありました(※1)。もちろん現在のように高齢者が長寿でもなく、医療も発達していないため介護の期間は短かったようですが、介護を担うための知識や技術の習得は男子の教育に含まれていたのです。しかし、近代社会になり仕事と生活の場が分離し男性が賃労働の世界へ出ていくと、男性は稼ぎ手、女性は育児・介護という性別分業が形成され、育児や介護といった「ケア」は、やさしさや思いやりといった「女性性」に結びつけられるようになりました。家庭のなかで他者のニーズを聞き、寄り添い、世話をすることは、男は大黒柱として労働市場で働くべきだとする「男性稼ぎ手規範」からも、男は力強く主導的であるべきという「男らしさの規範」からも逸脱する行為と理解されるようになったのです。
 しかし育児不安や虐待の問題に象徴的に表れているように、ケアは愛情や思いやりさえあればできるわけではありません。子どもや高齢者の世話をするためには、相手の状況を適切に判断する「判断力」や「知識」、身体的ニーズを満たすケアを提供するための「技術」と「体力」が必要です。「女性なら誰でもできる」といった見方は、ケアに求められるこうした能力や技能を評価していません。
 もちろん、利用者宅を訪れるホームヘルプ労働や施設でのケアには、家庭のなかのケアとは違う専門性が必要とされます。しかし日本の福祉政策は、ボランティアや低賃金で働く既婚女性を「主婦の代行」として利用することで、ケアサービスを供給してきました。つまり、介護は、男性稼ぎ手に経済的に支えられている「女性だからこそできる仕事」とされてきたのです。介護保険制度では、ケア提供者に資格が要求されるようになり、「専門的な仕事」としてケアワークに参入する人が増えましたが、賃金や専門性の評価は低いままです。介護職の賃金や専門性の低さには、「ケア=女性の仕事」という近代社会のジェンダー観がそのまま反映されているのです。

ケアワークとジェンダー規範

 介護士、看護師といったケアワークには女性が適しているとされる理由として、利用者が女性を望んでいる、という説明があります。確かに利用者が自明視している規範として、「感情」や「身体接触」をめぐるジェンダー規範が挙げられます。まず「感情」をめぐっては、女性は他者との結びつきを重視し「共感すべき」というジェンダー規範があり、ケアの現場でも役割を演じることが求められています。ケアの現場で働く人には「感情労働」といって、ケアの受け手といっしょに喜んだり悲しんだり、相手を満足させるための感情のコントロールが求められますが、こうした感情労働も「女性らしい」こととして期待されています。利用者の側にも、「女だから」「笑顔で対応してくれるはず」「自分の言うことを聞いてくれるはず」といったジェンダーにもとづいた期待があるため、女性ケアワーカーは利用者の要求にさらされやすいといえます。しかし、ジェンダー規範と結びついた「共感」や「感情労働」を過度におこなうことは、バーンアウト(仕事に没頭してきた結果意欲を失う)にもつながります。実際に、女性介護職のほうが男性介護職よりも情緒的消耗感(心理的な疲労感・虚脱感)が高く、バーンアウトのリスクが高いという調査結果があります(※2)。その点では男性は、ジェンダー化された役割期待から自由に、より自然な共感やコミュニケーションができるともいえます。男性介護職のコミュニケーション能力についてはまた後で論じます。
 次に身体介護について考えてみましょう。女性からの身体接触は、女性利用者にも男性利用者にも受け入れられる一方、男性による身体接触には「性的意味」が付与され、受け手が「恥ずかしさ」を感じることから、女性利用者は男性介護職を望まないという指摘があります(※3)。しかし、実際に介護を受ける利用者にとって重要なのは、身体接触をめぐる規範だけではありません。移乗や入浴の際に、抱えられる安心感も身体を介護される側にとっては重要です。女性利用者が移動介助や入浴介助に対しては「男性のほうが安心感がある」という理由から男性ヘルパーを利用するケースもあります。「この人には任せられる」といった信頼関係がいったんできれば、「男性でもお願いしたい」というかたちで、利用者の身体接触規範も変化していきます。受け手の側のジェンダー規範は決して不変ではなく、男性介護職とのかかわりのなかで変化していくものなのです。

「同化」「差異化」を超えて

 では、「女性職」である職場のなかに男性が入ったとき、同僚との関係ではどのような問題に直面するでしょうか。私は著書(※4)で、このような女性職に参入した男性ヘルパーの戦略として、「同化戦略」と「差異化戦略」の二つを挙げました。前者は、女性と同じ「家事」の技術を身につけ、女性ヘルパーとの同化を図る戦略、後者は「男性にしかできない仕事」を積極的に引き受け、女性ヘルパーとの差異化を図る戦略です。「同化戦略」は、家事(生活援助)サービスを担当するための調理技術習得への努力といったかたちでおこなわれます。家庭での料理の経験のない男性にとっては、利用者宅にある材料で料理を作ることは非常に難しく、「掃除はいいが、料理は苦手」という声はよく聞かれました。それでも20代から40代の若い男性ヘルパーは、女性ヘルパーと同じ家事技術を獲得しようと頑張っていました。
 一方の「差異化戦略」は、「男性にしかできない仕事」に自らの役割を見出すものです。重度の身体介護や、企業社会を生きてきた仲間としての男性利用者との会話など、「男らしさ」を強調する戦略です。これは、定年退職後の男性ヘルパーが主に採用していました。
 ただし現場の男性ケアワーカーの実践は、単純に「同化」か「差異化」という二つに尽きるわけではありません。彼らの実践には、「女性性(女性の仕事)」「男性性(男性の仕事)」を超えたケアの専門性を確立していこうとする契機を見てとることができます。利用者に受け入れられるための技術としてどの男性ヘルパーも強調していたのは「コミュニケーション」です。ある男性ヘルパーは、料理について「おいしくない」と利用者に怒られながらも「また来てほしい」と頼まれたことがあったとし、重要なのは利用者の意向やニーズをくみ取ろうとする態度なのだと解釈していました。またある男性ヘルパーは「味は最低ラインを越えていなければならない」としながらも「問題は利用者とのコミュニケーション能力のほうだ」と言います。男性ヘルパーを雇用している女性所長も「ヘルパーの質は家事の内容で決定されるのではない。技術的なことは経験でうまくなる」とコミュニケーションの重要性を述べていました。高齢者の日常生活を支える介護職に何よりも重要なのは、生活に即した利用者のニーズをくみ取り応えていこうとする態度ですが、男性ヘルパーはそれを自らの専門性として追求しているのです。
 また前述したように、利用者が男性ケアワーカーによる身体介護を受容する過程においても、「この人ならお願いしたい」という信頼関係の構築が不可欠です。もちろんこうしたコミュニケーション能力は、「少数派=マイノリティ」である男性が利用者に認められるために身につけた能力ともいえますが、男性ケアワーカーの需要を増やしていく鍵であることは確かでしょう。ケアに求められるのは「男性だから」「女性だから」ではなく、一人の「信頼できる人」としての振る舞いやコミュニケーションなのです。

介護職だと結婚できない?

 介護が男性にとってもやりがいのある仕事であるとわかっても、介護職では低賃金で結婚できないと危惧する人もいるかもしれません。確かに近代社会は「男性=稼ぎ手」「女性=家事・育児」という性別分業を理想としてきました。特に日本では男性を一家の大黒柱とする「男性稼ぎ手規範」は根強く残っています。しかし現実には、不況や雇用環境の悪化で男性の賃金も下がり、夫婦共に仕事をもつ共働きが標準となっています。たとえば30代前半男性の平均年収は、平成9年の513万円から、平成25年には438万円(国税庁「民間給与の実態調査結果」)に下がっています。「男性が稼ぎ手でなければならない」という思い込みは、介護職だけでなく、どの職に就いたとしても男性の首を絞めることになります。家事や子育てを分担しながら、配偶者の就業継続を支えるという生き方が男性、女性ともに求められています。近年の未婚女性への調査では、結婚相手に求める条件として「家事・育児能力」(62・4%)との回答が年々増えており、「経済力」(42%)を上回っています(※5)。配偶者や子どもの話をきちんと聞けるコミュニケーション能力や、家事をきちんとこなせることが、結婚のためにはより重要なのです。私が出会った男性ホームヘルパーのなかには、看護職の妻のほうが年収が高いが、自分は妻と同様に重要な仕事をしているというプライドをもっていると話す方もいました。今後こうした、女性がより多く稼ぐというカップルのあり方も増えてくるかもしれません。もちろん、介護職の労働条件の改善は必須です。介護という仕事が「女らしさ」からも「男らしさ」からも自由になり、経済的に自立できる労働となったとき、近代のジェンダーは大きく転換したといえるでしょう。

【参考文献】
※1 柳谷慶子「日本近世の高齢者介護と家族」比較家族史学会監修 山中永之佑・竹安栄子・曽根ひろみ・白石玲子編『介護と家族』(2005、早稲田大学出版部)
※2 澤田有希子「ケア/ジェンダー/バーンアウト 特別養護老人ホーム介護職員のケア・ストレスとバーンアウトとの関係をジェンダーの視点から検証する」『関西学院大学総合政策研究科紀要』Vol.1(2002)
※3 山田昌弘「ケアとジェンダー」江原由美子・山田昌弘『ジェンダーの社会学入門』(2008、岩波書店)
※4 山根純佳『なぜ女性はケア労働をするのか── 性別分業の再生産を超えて』(2010、勁草書房)
※5 国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査 結婚と出産に関する全国調査」

山根純佳(やまね・すみか)1976年神奈川県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科修了博士(社会学)。山形大学人文学部講師、准教授を経て、現在、実践女子大学人間社会学部准教授。専攻はジェンダー論・社会学。主著に『産む産まないは女の権利か── フェミニズムとリベラリズム』、『なぜ女性はケア労働をするのか── 性別分業の再生産を超えて』(ともに勁草書房)。