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介護を考える04.地方・若者

「やりがい」志向の若者たち
阿部真大(社会学者)

はじめに

 今の地方の若者について知るための最適な資料のひとつが、社会学者の轡田竜蔵がまとめた『「広島20ー30代住民意識調査」報告書』(公益財団法人マツダ財団委託研究)である。
 この報告書のもととなっているのは、20歳から39歳までの若者を対象とした広島県の安芸郡府中町と三次市の2点における調査(以下、「広島調査」とする)で、府中町は「東西南北を広島市に囲まれ、その社会経済的実態はほぼ広島市と一体化している」(※1)典型的な地方の都市郊外部、三次市は「中国山地のど真ん中に立地し、人口密度は低い」(同)、典型的な地方の周辺部である。轡田は質問紙調査とインタビュー調査を実施し、質問紙調査は、2014年、広島県安芸郡府中町および三次市の住民基本台帳から無作為抽出された20歳から30歳代の住民を対象に郵送法によって実施され(配布数は府中町、三次市各1500票で、回収率は府中町27・2%、三次市31・1%)、インタビュー調査は、府中町、三次市在住の20歳から30歳代の50名を対象におこなわれた(同)。
 本稿では、この報告書のデータを主要なエビデンスとして用いつつ、地方の若者たちの仕事をめぐる状況を明らかにした上、そのなかにおける「介護男子」のあり方について考えたい。

産業構造の変化と「ヤンキー文化」の衰退

 「介護」という仕事は、地方に残り続ける若者がする仕事というイメージが強いだろうが、かつて、地方に残る男子の仕事としては、いわゆる「ガテン系」の仕事(建設業)というのが、一般的なイメージだったと思う。ちょっと「ワルめ」のいかつい男子、いわゆる「ヤンキー」と呼ばれる若者たちの仕事である。
 しかし、こうした仕事は、近年の「サービス産業化」の流れのなかで、大幅に減少した。小葉松章子は、1990年代以降、新卒採用者数の減少の影響で第二次産業での若年就業者数が大幅に減少したこと、サービス産業化の流れの中で小売業、飲食店、サービス業で働く若者が増大したことが、若年就業者(15〜34歳)の産業別構成割合における第三次産業従事者の増加につながったと論じている(※2)。介護職も、この文脈では、広い意味での「サービス業」と捉えていいだろう。実際に、広島調査の産業分類を見ても、都市部の府中町では「医療・福祉」が13・2%、「卸売・小売」が10・4%、「飲食店・宿泊サービス業」が6・0%であるのに対し、「建設業」は4・7%、周辺部の三次市では「医療・福祉」が23・6%(高い!)、「卸売・小売」が9・7%であるのに対し、「建設業」は4・1%にとどまっている。
 こうした産業構造の変化が、地方に残り続ける若者たちのあり方を変えた。昔ながらの「ヤンキー」的な若者は目立たなくなり、「草食男子」という言葉に象徴されるように、「やさしい」「繊細」といったイメージの若者が注目されはじめたのである。
 広島調査では、「自分の趣味には〈ヤンキー〉的要素があると思う」かどうかという、かなりユニークな質問項目があるが、その回答を見ると、そう思っている人の割合は、府中町5・9%、三次市5・7%と非常に低い。しかし、「建設作業」に就く若者に限って見てみると、その割合は41・2%と突出して高くなる。産業構造の変化が「ヤンキー文化」の衰退につながっていることを示す有力なデータである。

「ヤンキー文化」と消費主義

 しかしなぜ、第二次産業から第三次産業へという産業構造の変化が「ヤンキー文化」の衰退を招いたのだろうか。「サービス業に従事するヤンキー」の時代が来てもよかったはずである。その理由を知るためには、労働の性格に起因する「ヤンキー文化」の特性を理解する必要がある。
 1980年代に一世を風靡し、若者のカリスマとなった尾崎豊の1987年の曲、「Bow !」の歌詞を見ると、当時の「ヤンキー」たちの世界観がよく分かる。
 この曲では、「午後4時の工場のサイレンが鳴る/心の中の狼が叫ぶよ/鉄を喰え 飢えた狼よ/死んでもブタには 喰いつくな」と歌われるのだが、そこで歌われているのは、「工場のサイレン」という歌詞からも分かるように、ガテン系の労働者の姿である。彼らにとっては、夜遅くまで働き、出世に精を出す大人(「ブタ」)になることではなく、就業後の「叫び」こそが、みずからの自己実現の方法であった。こうした世界観と、路上でロックンロールを演奏したり(「Scrambling Rock‘n’Roll」)、深夜、盗んだバイクで暴走したり(「15の夜」)といった「ヤンキー文化」は、極めて親和性が高い。
 彼らは基本的に、仕事に「やりがい」を見いだしてはいない(広島調査でも、「仕事に〈やりがい〉がある」と答えた若者は、府中町62・4%、三次市67・2%と高めの比率が出ているにもかかわらず、「製造作業・機械操作」に従事する人に限っては、府中町36・6%、三次市46・2%と否定的傾向が際立った)。そのため、彼らの情熱は消費に向かうことになる。最近でも、全体的に消費性向の弱い若者のなかで突出して消費性向の強い「マイルドヤンキー」(※3)がマーケティングの世界で注目されているが、「ヤンキー」とは、基本的に消費主義的な存在なのである。

「気づきの労働」とやりがい

 しかし、こうした「労働=生活費の獲得/消費=自己実現」という図式は、労働の対象が「モノ」(第二次産業)から「ヒト」(第三次産業)へと変化すると、少しずつ崩れ始める。若者たちは「モノ」を対象にしていた労働では得られなかった「やりがい」を「ヒト」を対象にした労働をすることで得られるようになり、その結果、労働そのものが自己実現の手段へと変化することになった。
 介護の仕事を例に考えてみよう。
 私が介護の世界で働く若者たちに話を聞いて発見したのは、介護の仕事はいわゆる「単純労働」などではないということだった。求められるのは利用者との濃密なコミュニケーションと、それにもとづいて、個々の利用者のニーズに臨機応変に対応することのできる柔軟性である。私はこうした労働を、労働の対象である人の気持ちに「気づく」ことが労働の質を左右するという意味で、「気づきの労働」と呼んだ。
 「気づきの労働」は、しばしば、労働者自身の「やりがい」と結びつけて語られる。ある介護職の若者は、最初のうちは気づけなかった利用者のニーズに気づけるようになって利用者に感謝されるようになってから、仕事がどんどん楽しくなったと語った。また、ある若者は、喋れない相手に対してもして欲しいことを察してあげることが理想の介護であると語った。さらに、利用者をより深く知るなかで、自分が利用者にとって家族以上の存在になれることを誇りに思っている若者もいた(※4)。
 介護の仕事に典型的に見られるように、サービス労働は「気づきの労働」の要素を多かれ少なかれもっている。こうした労働は、人とのコミュニケーションにおいて「やりがい」を感じさせやすいもので、職人的な個人の技術の修練に「やりがい」を見いだすような「ガテン系」の労働とは別のベクトルのものである。実際に、広島調査でも、サービス業の従事者で、仕事に「やりがい」を感じている人が多いことが指摘されているが(※1)、技術の熟練ほど歳月を要しないことが理由のひとつではないだろうか。

介護男子の現代性と注意すべきこと

 つまり、今の若者たちは、「サービス産業化」した社会に適したかたちで文化を形成しており、それが、彼らの「脱ヤンキー化」につながっている。今の若者たちの文化は、コミュニケーションを重視する「繊細な」文化であると言われるが(※5)、それはまさしく、産業構造の変容が生み出したものなのである。
 そのなかでも、介護の仕事は、先に見たように、そうした性格に特化した仕事である。広島調査では、全体的に「やりがい」志向の強いサービス業従事者のなかでも、「医療・福祉」に属する介護従事者が特に強く「やりがい」を感じていることが示されており、また、「今の仕事が〈天職〉である」と感じている人の割合も、全体的にはあまり高くないのに対し(府中町39・1%、三次市41・6%)、「医療・福祉」の仕事に就く人に限っては例外的に高いことが示されている(府中町52・8%、三次市46・7%)(※1)。つまり、「介護男子」とは、ポストヤンキーの時代を生きる今どきの「地元志向」の男子の、ひとつの究極形なのである。
 しかし、注意すべき点もある。ひとつは、長時間労働の問題である。広島調査では、「余暇の時間を大切にしたいので、仕事で長時間働きたくない」という項目と、「自分の仕事にやりがいがある」という項目との間に負の相関関係があることが指摘されている(同)。つまり、仕事のやりがいを強く感じている人は、余暇の時間を犠牲にしてまでも長時間労働に勤しむ可能性が高いのである。仕事に対するやりがいの強い「介護男子」はこうした「自己実現系ワーカホリック」(※4)の罠に注意しなくてはならない。
 もうひとつは、「やりがいの搾取」の問題である。2014年にNHKの『クローズアップ現代』で放送され、話題になった「居酒屋甲子園」(全国からエントリーした居酒屋従業員が、熱い思いや取り組みを競い合う大会)の参加者のように、実際は低賃金で企業福祉も手薄な状態で働いているのに、経営者の語る美辞麗句を信じて、それを疑うことなく懸命に働く労働者の姿は、サービス産業化する現代日本社会の「影」の部分である。「介護男子」の未来の姿をそうさせないためにも、彼らに労働者としての啓発活動を進めていくことは、介護の仕事が魅力的になればなるほど、いよいよ求められるに違いないし、そのなかで、経営者のモラルも問われることになるだろう。

【参考文献】
※1 轡田竜蔵『「広島20ー30代住民意識調査」報告書』(2015、公益財団法人 マツダ財団)
※2 小葉松章子「増加するフリーターと若年無業者 産業構造調整による影響と若年層での所得格差の拡大」『経済のプリズム』16号(2005)
※3 原田曜平『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(2014、幻冬舎)
※4 阿部真大『働きすぎる若者たち 「自分探し」の果てに』(2007、NHK出版)
※5 浅野智彦「若者の現在」 浅野智彦編『検証・若者の変貌 失われた10年の後に』(2006、勁草書房)

阿部真大(あべ・まさひろ)1976年岐阜市生まれ。東京大学卒。社会学者。西オーストラリア大学客員研究員(2014年)。専門は労働社会学。気分は高揚しつつも徐々に身体が壊れていくバイク便ライダーたちの姿を描いた『搾取される若者たち ― バイク便ライダーは見た!』(集英社)でデビュー。その後も、現代日本の「戦場」たる過酷な労働現場を描き続け、政治と文化の側面から現状を打開する方策を探っている。